教わった手順をそのまま写して満足してしまう危うさと自分の言葉への書き直し

写しただけの手順書が招いてしまう危うさ

教わった手順をそのまま書き写しただけの紙は、一見すると立派な備えのように見えてしまいます。しかし後から読み返したときに、なぜその順番なのかが自分のなかに残っていないと気づかされます。

写すという作業は手だけが動いているようなもので、頭のほうは止まっていることが少なくありません。書いた本人でさえ、後から読み返してみても意味が思い出せないという場面がしばしば起こるのです。

条件がいつもとまったく同じであれば、写した手順のとおりに進めても困ることはないかもしれません。けれども素材や気候が動いた日には、どこを変えればよいのかが分からず立ち止まってしまいます。

お菓子作りでは、同じ工程であっても狙いが違えば手の使い方が変わってくる場面が数多く出てきます。狙いの書かれていない手順書は、そうした場面で作り手を助けてくれないことになってしまいます。

写しただけの状態のまま人に教えようとすると、質問をされたときに答えられずに困ってしまいます。理解の浅いところというのは、誰かに説明しようとしたその瞬間にはっきりと見えてくるものなのです。

手順のなかには、省いても形になる部分と、省いた途端にすべてが崩れてしまう部分とが混じっています。この違いを知らないままに急いで進めてしまうと、思わぬところで大きくつまずいてしまうのです。

パティシエとして経験を重ねた人ほど、自分の言葉で書き直した控えを持っていることが多いようです。その控えには、教わった内容だけでなく、自分がつまずいてきた場所まで丁寧に書き込まれています。

写した手順をそのまま信じ込んでしまうと、書き間違いに気づけないという危うさも生まれてきます。自分の言葉に置き換えていく過程で、辻褄の合わない部分にはじめて気づけることが少なくありません。

覚えたつもりでいることほど危ういものはなく、確かめないままに時間だけが過ぎていってしまいます。書き直すという作業は、そうした思い込みを一つずつ洗い出してくれる貴重な機会になってくれます。

だからこそ、教わった内容を受け取ったその日のうちに書き直しておくことが強く勧められています。時間が経てば経つほど記憶は曖昧になっていき、書き直す作業そのものが難しくなってしまうからです。

自分の言葉に置き換えるという作業

書き直しの第一歩は、教わった手順を読み返しながら、自分ならどう言うかを考えてみることです。同じ内容であっても、自分が使い慣れた言葉に置き換えると、頭への残り方がまるで違ってきます。

書き直すときには、工程の名前だけでなく、そのときの手の感じまで言葉にしておくと役に立ちます。指先に返ってくる重さや生地の表面の様子を書き添えておくと、後から驚くほど思い出しやすくなります。

なぜその順番になっているのかという理由を、一行でよいので書き添えておくことが勧められます。理由が書かれてさえいれば、条件が変わった日にどこを動かせばよいのかを自分の頭で考えられます。

書き直しの途中で説明できない部分に出会ったなら、それが自分の理解の穴だということになります。その穴を見つけられただけでも、書き直すという作業には大きな意味があったといえることになります。

分からなかった部分には印をつけておき、次に教わる機会に必ず尋ねるようにしておくと確実です。尋ねる内容が具体的であればあるほど、返ってくる答えのほうも具体的で細やかなものになっていきます。

書き直した控えは、一度作って終わりではなく、作るたびに書き足していくものだと考えられます。書き足しの重なった控えほど、その人が歩んできた道のりを静かに映し出すものになっていくのです。

手順を短くまとめる力も、書き直しを重ねているうちに自然と身についていくことになるようです。長い説明を短い言葉にうまく置き換えられたときは、理解が一段深まった合図だと考えてよいでしょう。

図や矢印を添えておくと、言葉だけではどうしても伝わりにくい動きを残しておける利点があります。うまい絵である必要はまったくなく、自分に伝わればそれでじゅうぶんに役目を果たしてくれます。

書き直した控えを仲間と見せ合ってみると、同じ工程でも着目している点が違うことに気づかされます。その違いを少しずつ取り込んでいくことで、自分の控えは静かに厚みを増していくことになります。

書き直しは面倒な作業に見えますが、後になって最も助けてくれるのはこの一手間だといわれます。作った回数よりも、書き直した回数のほうが力になるという声も、現場ではたびたび聞こえてきます。

書き直すときに落としてはいけないもの

書き直すときに気をつけたいのは、短くまとめようとするあまり大切な条件まで削ってしまうことです。省いてよい言葉と、省いた途端に意味が変わってしまう言葉とを見分ける目が強く求められてきます。

工程の順番は、見た目には入れ替えられそうに思えても、理由があって決まっていることがあります。順番を動かしてしまう前に、なぜその並びになっているのかを確かめておく慎重さが必要になります。

手の速さや力の加減といった感覚的な部分は、書き残しにくいぶん抜け落ちてしまいやすい要素です。たとえ拙い表現であったとしても、そのときの感じを言葉にして残しておく価値は大いにあります。

教わった相手がそっと添えてくれた注意の言葉は、後になって効いてくることがとても多いものです。聞いた瞬間にはその重みが分からなかったとしても、そのまま書き留めておくことが強く勧められます。

自分なりの解釈を加えるときには、教わった内容と自分の考えとを分けて書いておくと混乱を防げます。後から読み返したときに、どこまでが教わった部分なのかがはっきりと分かるようになってくれます。

うまくいかなかったときの記述も、うまくいった手順と同じくらい大切に残しておきたい部分になります。避けたい道が書かれていることによって、次に選ぶべき道が自然と絞られていくことになるからです。

書き直した内容は必ず一度は試してみて、実際に手を動かして確かめておくことが強く勧められています。頭のなかでは通じていたはずの理屈が、現場ではまるで通じないという場面も起こり得ることだからです。

誰かに見せる前提で書いてしまうと、格好をつけた表現になり、実用から離れていってしまいます。まずは自分のための控えとして、正直に書いていくという姿勢を保ち続けることがとても大切になります。

書き直しを重ねているうちに、以前の記述が誤っていたことに気づく場面も出てくることになります。そのときは消してしまわずに、なぜ変えたのかを書き添えて残しておくと後々の大きな助けになります。

落としてはいけないものを守りながら書き直せるようになると、控えは静かに力を持ちはじめます。その控えは、忙しい日の自分をそっと助けてくれる、もう一人の自分のような存在になっていきます。

学びの場で始める書き直しの習慣

製菓の専門学校では、実習を終えるたびに記録を残す時間が丁寧に設けられていることが多いようです。この時間を単なる書き写しで終わらせるか、書き直しの場にするかで、その後の伸び方は大きく変わります。

教わった直後は記憶がまだ新しいため、手の感覚まで含めて言葉にしやすいという利点があります。その日のうちに書き直しておく習慣をつけておくと、身につく速さそのものがまるで違ってくるものです。

学ぶ場には尋ねられる相手がいるため、書き直しの途中で見つけた穴をその場ですぐに埋められます。この環境を生かしきれるかどうかが、限られた期間の価値を大きく左右することになっていくのです。

仲間の控えを見せてもらうと、自分がすっかり見落としていた視点に出会えることが少なくありません。同じ授業を受けていたとしても、受け取っている中身は人によって違うのだと改めて気づかされます。

教える側は、書き直された控えを見れば、その人がどこまで理解しているかを読み取ってくれます。だから控えを持って質問に行くようにすると、より踏み込んだ助言をもらえることが多くなります。

書き直しを続けていると、教わっていない場面であっても自分で考えて組み立てられるようになります。この力が確かに育っているということは、卒業の頃になってはっきりと感じられるようになるはずです。

課題として自分の言葉で説明する場面が設けられていることもあり、とても良い練習の機会になります。人に伝わる形にまとめ直すという経験は、そのまま現場に出てからの説明の力につながっていきます。

書き直した控えは卒業した後も長く使い続けられるため、学ぶ期間のうちに形を整えておくと安心です。後から作り直すのは思いのほか大変なもので、記憶が薄れてしまってからでは書けない部分も出てきます。

控えの形に決まりはありませんが、探しやすさを意識して整えておくと日々の大きな助けになります。必要なときにすぐ開けないようでは、せっかく書き直したものが使われないままで終わってしまいます。

学びの場で身についた書き直しの習慣は、現場に出てからも同じ形のまま続いていくことになります。教わったことを必ず自分の言葉にするという姿勢が、長く働き続けるための土台を静かに作ってくれます。

まとめ

作り方を自分の言葉で書き直す習慣を見てきましたが、これは手間のかかる遠回りに見えて、実のところ最も確かな近道だと分かります。教わった手順をそのまま写しただけの紙は、条件が動いた日に作り手を助けてくれないという危うさを抱えています。

写すという作業は手だけが動いていることが多く、後から読み返しても意味が思い出せないという場面がしばしば起こってしまいます。自分が使い慣れた言葉に置き換えていくと頭への残り方がまるで違い、理解の浅いところも静かに浮かび上がってきます。

書き直すときには、工程の名前だけでなく、そのときの手の感じや、なぜその順番なのかという理由まで書き添えておきたいところです。理由さえ残っていれば、素材や気候が動いた日にもどこを変えればよいのかを自分の頭で考えられるようになります。

気をつけたいのは、短くまとめようとするあまり、省いた途端に意味が変わってしまう大切な条件まで削ってしまうことだといえます。教わった相手が添えてくれた注意の言葉や、うまくいかなかったときの記述こそ、後になって効いてくる部分になります。

書き直した内容は必ず一度手を動かして試し、頭のなかだけで通じていた理屈になっていないかを確かめておく必要が出てきます。誰かに見せる前提ではなく、自分のための控えとして正直に書くという姿勢を保つことが、実用に耐える形を作ってくれます。

学ぶ期間は、教わった直後に尋ねられる相手がいるという点で、書き直しを始めるのにこれ以上ない環境だといえるように思います。その日のうちに書き直す習慣をつけ、仲間の控えを見せてもらうことで、自分では気づけない視点にも出会えるようになります。

書き足しの重なった控えは、やがて忙しい日の自分を助けてくれる、もう一人の自分のような存在になっていってくれるはずです。作った回数よりも書き直した回数のほうが力になるという言葉を、これから学ぶ人にも頭の片隅に置いておいてほしいと思います。