表からはほとんど見えない味見という時間
厨房で過ごす時間のうち、思いのほか長い時間が味見に使われているという事実はあまり知られていません。仕上がった品を確かめるだけでなく、途中の段階でも何度も口に運びながら進めていくことになります。
作りはじめる前には、届いた素材そのものを確かめるところから一日が静かに始まっていくことになります。粉の香りや果実の甘みを確かめておかないと、その後の判断の拠りどころを持てなくなってしまいます。
味見という言葉にはどこか気軽な響きがありますが、実際には強い集中を必要とする真剣な作業になります。ほんのわずかな違いを拾い上げるために、周りの音や香りにまで気を配りながら口に運んでいます。
お菓子は甘さだけで語られてしまいがちですが、酸味や苦みや塩気の重なりで印象はまるで変わってきます。だから味見のときには、甘さ以外の要素がどのように働いているのかを丁寧に確かめていくことになります。
パティシエが味見をするとき、おいしいかどうかだけを見ているわけではないという点は意外に知られていません。狙った方向に進んでいるのか、どこを直せばもっと近づけるのかという視点で口に運ぶことになります。
作り手にとっての味見は、料理を楽しむこととは別の営みであり、判断のための道具に近いものだといえます。楽しむ気持ちを完全に消してしまうわけではありませんが、確かめる姿勢のほうが前に出ることになります。
同じ品を毎日作っていると、昨日との違いを見つけるための味見という役割が少しずつ大きくなっていきます。その違いに気づけるかどうかが、いつもの味を守り続けるための土台になっているというわけです。
味見の結果を言葉にできないままだと、気づいたはずのことが手元に残らずに流れていってしまいます。だから確かめた内容をその場で短く言葉にしておく習慣が、現場では静かに大切にされているのです。
外からは見えない作業であるだけに、味見の丁寧さは店ごとに大きな差が出てくる部分でもあります。並んでいる品の後ろにどれだけの確認が積み重なっているのかは、なかなか想像されないものです。
この見えない時間をどのように積み上げるかが、長い目で見たときの店の姿を静かに形づくっていきます。派手さのない作業ではありますが、続けている人ほどその重さを深く知っているように思われます。
味見を重ねる順番と回数をめぐる話
味見には進めるべき順番があり、素材から始めて、混ぜた段階、火を通した段階と順に確かめていきます。この順番を守っておくと、違和感の生まれた場所を後から絞り込みやすくなるという利点があります。
最初に素材そのものを確かめておかないと、後の段階で感じた違和感の出どころが分からなくなります。だから面倒に思える日であっても、始まりの一口を省かない姿勢が長い目で見ると助けになります。
混ぜ合わせた段階での味見は、それぞれの要素が思ったとおりに働いているかを確かめる大切な場面です。ここで気づくことができれば直せることが多いため、この一口の値打ちはとても大きいものだといえます。
火を通した後は香りも口当たりも変わってくるため、前の段階の記憶と並べて確かめることになります。どの段階で何が変わったのかを追えるようになると、狙いに近づけるための道筋が見えやすくなります。
冷やした後にもう一度確かめる工程も欠かせず、温度によって感じ方が変わるとよくいわれています。だから実際に食べられる状態にできるだけ近い状態で確かめておくことが、現場では大切にされています。
何度も続けて口に運んでいると感覚が鈍っていくため、回数をむやみに増やせばよいわけではありません。少ない回数で正確に判断できるように、確かめたい点を先に決めておくことが現場では強く勧められます。
確かめたい点を決めないまま口に運んでしまうと、なんとなくおいしいという感想だけが残ってしまいます。今日は後味を見る、今日は香りの立ち方を見るというように的を絞ると、判断が明確になっていきます。
一人だけで判断してしまうと偏りが出てしまうため、仲間にも確かめてもらうという場面が設けられます。同じものを味わっていても受け取り方が違うという事実が、判断の幅を広げてくれることになります。
急いでいる日ほど味見を飛ばしたくなってしまいますが、そういう日ほど見落としが起こりやすいものです。忙しさに追われている日にこそ、あえて一口分の時間を確保するという判断が効いてくることになります。
味見の回数と順番を自分なりに決めておくと、迷いが減って作業全体が落ち着いてくることになります。決めておいた形があるからこそ、いつもと違う日にも気づけるようになっていくのだと感じられます。
舌の感覚が鈍らないようにするための工夫
長く味見を続けていると感じ方が鈍っていくため、途中で間を置くという工夫が欠かせなくなります。水を口に含んで整えたり、少しだけ時間を空けたりしながら、感覚を静かに戻していくことになります。
甘いものを続けて確かめた後には、甘さそのものが分かりにくくなっていくとよくいわれています。だから甘い品を並べて確かめるときには、順番の組み方にまで気を配る必要が出てくることになります。
香りの強い品を先に確かめてしまうと、その後の判断に影響が残ってしまうことがあると知られています。香りの穏やかなものから順に進めていくという流れが、多くの現場で自然と選ばれてきているようです。
体の調子によっても感じ方は動いてしまうため、その日の自分の状態を頭に入れておくことが大切になります。いつもと違うと感じた日には、自分の判断を仲間の判断と重ねてみるという工夫が大いに生きてきます。
厨房に漂っている香りの影響を受けてしまうこともあるため、場所を移して確かめるという方法もあります。落ち着いた場所で一口だけ味わってみることで、気づけることの数が変わることも珍しくありません。
口に入れる量を一定にしておくことも、判断をぶらさないための地味な工夫としてよく知られています。量が変われば感じ方まで変わってしまうため、いつも決まった器と決まった量で確かめている人もいます。
朝いちばんの感覚は鋭いといわれ、その時間に大切な判断をまとめて済ませてしまう進め方もあります。一日の流れのどこに味見を置いていくのかという設計も、仕上がりを支える大きな要素になります。
自分の感じ方に癖があることを知っておくと、判断の偏りを差し引いて考えられるようになっていきます。甘さに厳しい人と酸味に厳しい人がいるという前提を持てると、話し合いも噛み合いやすくなります。
感覚を保つためには、味見以外の時間の過ごし方も関わってくるという話をよく耳にすることがあります。しっかりと休みをとることや、落ち着いて食事をとる時間も、静かに仕事を支えてくれているようです。
感覚は道具と同じようなもので、手入れを続けていれば長く働いてくれるものだと考えられています。だから鈍ってきたと感じたときには、思い切って休ませるという判断を選べることも大切になります。
記録として残しておくと後から効いてくること
味見で気づいたことを記録に残しておくと、後から読み返したときに大きな助けになってくれます。その場ではしっかり覚えているつもりでいても、翌日には驚くほど曖昧になっているものだからです。
記録に残すときには、甘さや酸味や香りや後味というように、要素を分けて書いておくと役に立ちます。まとめておいしかったとだけ書いてしまうと、後から読み返しても手がかりにはなってくれないのです。
自分なりの言葉を決めておくと、日をまたいだとしても同じ物差しで比べられるようになっていきます。曖昧な言葉のままにしておくと、去年の記録と今年の記録を並べても比べられなくなってしまいます。
その日の素材の様子や厨房の空気も一緒に書き添えておくと、後から理由をたどれるようになります。味わいだけを書いておくよりも、条件と並べて残しておくほうがはるかに役に立ってくれるものです。
うまくいかなかったときの記録こそ丁寧に残しておきたく、後の判断のための材料になってくれます。良かった日の記録は気持ちよく書けるものですが、実は苦い日の記録のほうが長く効いてくるのです。
製菓の専門学校では、実習のたびに味の記録を残すという課題が用意されていることがあるようです。この時期に書き方の型を身につけておくと、現場に出てからもそのまま続けやすくなってくれます。
記録を仲間と見せ合ってみると、同じものを味わっていても言葉の選び方が違うことに気づかされます。その違いを少しずつ取り込んでいくうちに、自分の表現の幅もずいぶん広がっていくことになるのです。
教える側は記録を読めば、その人が何を見ているのかを読み取り、助言を返しやすくなってくれます。だから記録を持って相談に行くようにすると、より具体的な言葉が返ってくることが多くなります。
記録は完璧に整っている必要はなく、無理なく続けられる形であることのほうがずっと大切になります。長い一文を書けない日であっても、短い一言だけは必ず残すという形で続けている人も多いようです。
積み重なった記録は、後から読み返したときに自分の歩みを映してくれる鏡のようなものになります。どこで感じ方が変わったのかを知ることは、次の一歩を決めるときの大きな支えになってくれます。
まとめ
味見の重ね方と記録について見てきましたが、外からはほとんど見えないこの時間こそが日々の仕上がりを静かに支えていると分かります。おいしいかどうかを楽しむためではなく、狙った方向に進んでいるかを確かめる道具として口に運んでいるのです。
味見には進めるべき順番があり、素材から始めて、混ぜた段階、火を通した段階、冷やした段階と追っていくことが勧められています。この順番を守っておくと、違和感の生まれた場所を後から絞り込みやすくなり、直すための道筋もはっきり見えてきます。
何度も続けて口に運べば感覚は鈍っていくため、回数を増やせばよいというものではないという点にも注意が必要になってきます。今日は後味を見る、今日は香りの立ち方を見るというように的を絞っておくと、少ない回数でも判断は明確になっていきます。
感覚を保つためには、水を含んで整えることや、穏やかなものから順に確かめていくといった地味な工夫が効いてくることになります。体の調子によっても感じ方は動くため、いつもと違うと感じた日には仲間の判断と重ねてみるという姿勢が助けになります。
気づいたことを記録に残すときには、甘さや酸味や香りや後味というように要素を分けて書いておくことが強く勧められています。その日の素材の様子や厨房の空気まで書き添えておくと、後から理由をたどれるようになり、記録の値打ちが大きく変わります。
学びの場で書き方の型を身につけておくと、現場に出てからもそのまま続けやすくなり、長く働いていくための支えになってくれます。仲間と記録を見せ合いながら言葉を交わしていくうちに、自分の表現の幅も少しずつ広がっていくことになるはずです。
記録は完璧に整っている必要はなく、短い一言でもよいので続けられる形であることのほうがはるかに大切になってくるものです。積み重なった記録はやがて自分の歩みを映す鏡になり、次の一歩を決めるときに静かに背中を押してくれるようになります。